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日記・コラム・つぶやき

2012年1月 3日 (火)

十月 右も左も危なっかしいぞ!!

このころになると、ネトウヨという言葉が一般化(そうでもないか?)してくる。というか、もはやネトウヨとカテゴライズされる人達の枠幅がぐぅっと広がったか。広がりすぎてよく分からない、嫌韓意識を持っている人全部ふくめて、粘着的にある個人のツイートやブログや発言を攻撃する人達が全員ネトウヨになっちゃった。って感じですかね。でも違くねーかそれ?でも実際にはテレビ局もあまりに韓国とアイドルと子役に頼りすぎて、攻撃されるのも宜なるかな。…でもねー。ホント、人間って白黒つけるの好きだよね。

九月 対岸の炎上を眺める。

iPhoneやらスマートフォンが普及したのとどれくらい関連性があるか知らんが、とにかく今年はツイッターやらフェイスブックに登録する高校生・大学生が増えた。社会人でも、それほどネットに興味のない人でも、やはりSNSは魅力的なのか、大盛り上がり。検索すると「アンタもか!」という人もやっている始末。それと比例して、不要な告白が増えたのも事実。飲酒運転やら、武勇伝という名の過去の軽犯罪ドロップアウトやら。面白ネタを作ろうとして撮った写真ややっている行為が実は法的に問題だったりやら。それを敏感に察知したネット猛者どもが瞬時にスレ化。果ては住所や所属組織まで突き止めるという探偵っぷり。そしてブログとツイッターが炎上、消失という諸行無常が繰り返されるという、大変面白深刻な事態に進展した。そしてこの現象は、原発問題、そして前述した嫌韓問題と絡み合い、泥沼化していった。

八月 少女時代に巻き込まれる。

八月はあやうく少女時代に飲み込まれて、時空の狭間でもみ消されるとこだった。はまりすぎてはまりすぎてやばかった。あらためて、モーニング娘。とかAKB48とかにはまらなくて良かったと過去の自分をほめてやりたい。それくらいはまった。しかも勤務自体も楽になる月なもんだからなお質が悪かった。最初は楽曲とミュージックビデオだけだったのに、気づいたら九人それぞれの区別がつき始めると、韓国のバラエティ番組なんかをネットで探したりなんぞしていた。字幕職人の方々、この場を借りて謝辞を表したい。まあとにかく面白い。それぞれにキャラがたっていて、それでいてエンターテイメントのクオリティがヤバ高い。通常勤務に戻るときには、「俺、ちゃんと現実世界に帰れるのかなあ」と心配したくらいだった。あー、戻れてよかった。ホントによかったよ。

七月 嫌韓ブームと少女時代

今年一番印象に残ったニュースといえば、七月から始まった嫌韓ブーム。多分、震災以後の日本の状況とは延長線上にある問題だとは思うんですけど、「いまさらかっ!」というのが最初の、正直な感想でした。フジテレビへの抗議活動などを見つめながら、「なるほど、そこまでごり押しというのなら、改めて評価してみるか」ということで、K-POPに、よりによって少女時代に手を出したのがこの一年の後半戦の最大のミスだったような気がしますなー…。これが東方神起だったらこうはならなかったハズなのに…。

六月 ひさしぶりの検定試験を経ての実感。

六月で何を思い出すって、やっぱり簿記検定の勉強、ですかね。あー、他にも色々面白いことがあったと思うんだけど、一番印象に残っているのはやっぱりこれか。ひさしぶりにフィーバーフィーバーを味わった体験でもある。日商簿記2級、と聴いて何人の人がピンと来るかは知らんが、とにかく妙な重圧と、しかし勉強が面白っ!という妙なドラッグ感と、二つがゴッチャになった。結果は一応合格、とはなったが、検定試験問題が簡単すぎるのでは?という話題がネットで挙げられ、2chの検定関係の掲示板では「これから履歴書に書くときは第何回とか書かない方がいいな、バカにされるから(笑)」などという書き込みをする野郎が出る始末。書いた奴、軽く逝ってこい。とにかく、面白かった!

五月 結婚ラッシュ!!

ラッシュと書いておきながら、たった二組の話。でも二日連続だったから、やけに印象に残った。二組ともいい結婚式だったなー。結婚式って何度参加してもいいよねっ!周囲に友達とか知人があまりいなくても、ハッピーな気分になってるから、初対面の人とも気楽に話せるし、オープニングムービーやらプロフィールムービー、ついでに友人やらの余興とかで新郎新婦の人となりが分かる。(悪趣味か?)二組とも、お幸せにっ!たまにはつきあえっ!

四月 余計なお世話だバカヤロウ

別に誰にってわけじゃないんだけど、やっぱり前述したライムスターのアルバム『POP LIFE』のトリ曲、『余計なお世話だバカヤロウ』は職場への往き道にかーなーり聴いた。ヘビロテでしたねー。四月になり職務の内容も変わり、心機一転という時期だったので、ダークフォースでもなんでもいいから、雑草根性が必要だったのであるっ!結果として四月はかなりパワフルだった。面白かったが、逆に音楽がなければやりきれなかっただろうなとも思う。音楽の力ってやっぱり偉大なのである。

2011年12月30日 (金)

一月 まさかのおせち事件

新年早々面白い事件が起こったな、というのが正直な感想だった。グルーポン自体を好意的に捉えていなかった自分としては「ほら見たことか!」とドヤ顔で正月早々2ch関連のサイトを徘徊。情報収集に奔走した(嫁さんはあきれ顔である)。調べていくと、結局うまい話なんてのはかんたんにころがっていないというのが有り体過ぎる結論にいたった。何割引なんていう商品はそうなる時点である種の欠陥を抱えているのがあたりまえだし、それがビジネスとして成立するために食い物にされる消費者が登場するというのは、それこそテレビショッピングが始まった頃からあった問題だったはずだが。しかし、逆に考えると、情報を検索するのを億劫がる人にとってはめんどくせー時代になったな。いやマジで。

2011年8月13日 (土)

ごめん、これだけは書かせてください。

 言うか言うまいか迷っていて、実際にこれをどう伝えることができるだろうかと考えに考えた結果、一応自分の気持ちのチェックとしてこういう文章を残すことにします。
 7月30日、スリーピースバンドチャットモンチーのドラム高橋久美子さんがチャットモンチーを脱退すると発表しました。僕は恥ずかしながら、この10日間、それを知ることなく生活を送って、お盆に入りようやく人心地ついたところでそのニュースを受けました。

 僕はチャットモンチーというバンドが大好きです。ここ最近、10年間のうちでは最大級にハマったバンドと言えます。常に車内の音楽はチャットモンチーで満たされていたし、バンドとしてだけではなく、パーソナルも代え難い魅力を備えた三人組として、評価するしないのレベルにはおけないバンドマン達です。
 僕がチャットモンチーに惹かれた理由が何か。未だによく分からないところもあるんですが、その他のバンドでは現れてこないような音楽性なんだと思います。僕も音楽に関しては疎いのですが(特に洋楽)イントロクイズがあれば合格間違いないしというくらい、特徴的なイントロやサビをしている。そしてその特徴的なメロディーに乗っかる、世界たる「詞」。
 チャットモンチーの最大の異質性はこの、三人が織りなす「歌詞」の世界にあると言ってもいい。そして僕がチャットモンチーをチャットモンチーたる所以として認めているのは、この世界にあります。この三人の描く世界は、ほんとうに素晴らしいのです。ボーカル橋本さんの、闇の奥から見つめている小動物のような、怖さが控えた詞も、福岡さんの、女性視点独特の、少し艶のある、それでいて恋する乙女的な詞も最高にいい。
 でも僕はあえて言わせてほしい。僕は高橋さんの書く詞が、彼女の描く世界が、ほんとうに好きだった。その世界が、橋本さんの創り出す音楽の中で、浮き上がってくる。その瞬間が、僕はたまらなく好きだった。コスモタウン、片道切符、サラバ青春…。どれほどの言葉に僕の胸は打たれたか分からない。彼女はまさに、チャットモンチーというバンドにとって、「青春」を表す存在だった。

 脱退する理由はニュースでも、サイトでも見ました。本人の口から語られることもあるかも知れない。
 でも高橋さん。いつでも帰ってきてほしい。あなたはチャットモンチーに、なければならない存在なのだ。それはもちろん、一人のファンの自分勝手な、あなたたちの事情を知らない部外者からの言葉であることはもちろん重々承知。でも僕は、あなたの詞が乗ったチャットモンチーの音楽を、まだまだ聴いていたいのだ。

2011年8月10日 (水)

地獄のミサワとはなんなのか?

 マンガ史におけるギャグマンガというものを90代以降に移すと、傾向は案外分かりやすくて、90年代前半は「稲中卓球部」で、90年代後半は「すごいよマサルさん」に寄っている。異論があったとしても、それはあくまで同じ年代の中に他の種類のギャグマンガがあったというだけで、この二つがその頃のギャグマンガの象徴であることに異論はないと思う。たとえば90年代前半の忘れがたいショックとして、漫画太郎(現・漫・F・画太郎)の「珍遊記」をあげることもできるし、後半は「浦安鉄筋家族」や「幕張」をあげることもできるだろうが、誰しもが知っている、という条件をつければ、この二作が挙げられる。そしてジャンプやマガジンに連載される多くのギャグマンガが、この二作のどちらかに寄った。
 稲中卓球部の場合、部活ネタ(だが卓球の関する知識はまったく出てこない。そういう意味では南国アイスホッケー部と共通している)であり、「すごいよマサルさん」の場合はシュールな主人公が登場してその周囲に奇特な人間が集まるという構成である。
 これが00年代になると、だいぶ様相が変わってくる。たとえば東村アキコの「ひまわりっ!」などは劇中にコントを配置するという二重箱の形式を最終回まで徹底して貫いたし、中村光の「聖☆おにいさん」、山崎マリの「テルマエロマエ」などは、「出落ち感」を存分に振りまきながらも、マンガとしての求心力を失っていない。そういったギャグマンガの新しい傾向が登場する中で、ジャンプスクエア(旧・月刊ジャンプ)のギャグマンガの「飛ばし具合」は異常だ。
 「ギャグマンガ日和」と、「カッコカワイイ宣言!」。他の週刊誌月刊誌に比べて、その飛ばし具合は異常。逆に言えば、こういうマンガを発行部数もメジャーなジャンプ系で載せてしまうのだから、集英社の懐の深さたるや、といったところである。
 特に、「カッコカワイイ宣言!」の異質性は群を抜いている。作者の「地獄のミサワ」氏は、自分のホームページ「女を惚れさす名言集」を運営しており、その更新の徹底ぶりには目を見張るものがある。「カッコカワイイ宣言!」というタイトルからして、既に何かが狂っている。「ギャグマンガ日和」はタイトルと内容がそう食い違っていない。しかし「カッコカワイイ宣言!」はページを開いた瞬間(コミックスの場合は表紙を見た瞬間)齟齬が発生する。そして肝心の中身を見ると、齟齬しか発生しないような仕組みになっている。そもそも、このマンガにはストーリー性というものは存在しない。いや、作者の中ではあるのだろうが、それを読者が読み解くことは限りなく不可能である。「どうしてかおちゃんが美女扱いなのか?」「あれ、さっき書いてあった設定はどうなった?」「てか、顔のパーツが中心に集まり過ぎじゃない?」などという疑問を真剣に考えるようなら、迷わずコミックスを読むのを止めた方がいい。残念ながら、「ユーモアフィールド」が違う。そんな文化の差のごとき絶対的差異を抱えたまま10分間(コミックス1巻を読み終わる時間)を過ごすくらいなら、グラップラー刃牙を2巻読み終えた方が有益だ。(渋川先生と愚地独歩の一騎打ちが望ましい)
 それくらい、地獄のミサワの描く世界は独特で、ギャグセンスも他の追随を許さない。許さないというよりも、誰もそのレールを走っていないから、追いつかれる心配もない。
 『キャリア至上主義OLのバッグの中から不死鳥フェニックスが出てきて、会議中にクライアントを地獄の業火で焼き尽くす』このシチュエーションを笑えるかどうか。それは別にユーモアセンスの優劣ではない。それが笑えたところで、実社会には何の役にも立たないからだ。でもまあ、そういう無益性みたいなところがギャグマンガの本質なのだから、読んでみる価値は、あるの…かな? ということで「カッコカワイイ宣言」、おすすめである。

 ちなみに、地獄のミサワ氏の勇姿はニコニコ動画で拝むことができる。素晴らしい人物なので、是非担当の林氏と一緒にミサワ氏を末永く生暖かく見守ってほしい。